1.昔、五月病 ・・・ 今、「うつ病」の診断書
4月に会社に入り、まだ仕事が何たるかが分からないままに初任給を貰って、それで後輩に奢るなどしてゴールデンウィークを遊び、それが明けるとき(また会社か ・・・)憂鬱な気分になることは、誰もが多少なりとも経験していることと思います。
昔はそれを「五月病」と言いましたが、今はそれにメンタルな病名やそれに準じた症名が記載された「本物の診断書」が付いてくる。そのような時代になりました。中には
「入社したばかりの4月に、上司というものに初めて厳しく注意されたので、これはパワハラである。よって業務上災害であり、その会社の責任による私への補償と賠償は ・・・・ どうなるのでしょうか?」などと言い出す社員もあります。

若年者に限らず、「メンタルヘルス不調」は、今や労務管理上の特殊な事態ではなく、何時でも、どこでも、誰にでも起こりうる問題です。

会社は、業務上はもちろん、私生活が原因である傷病についても健康上の配慮をしなければなりません。業務上となれば(ましてや自殺にでも至れば)労災保険だけでは済まされない高額な損害賠償問題になります。
メンタルヘルス不調を労災と認定されることは、平成23年12月に「心理的負荷による精神障害の認定基準」が定められ、これからも大幅に増加していくことでしょう。
さほど重い「具体的な出来事」でなくても「合わせ技一本」とされることがあります。この認定基準は経営者・管理職必読です。
そして、その水面下では、相当数の労働者本人の、そして使用者の「悩み」があるものと実感します。

2.メンタルヘルス不調対応のリスク
うつ病などの精神疾患の多くはストレス要因によって発症したり、増悪したりするものです。
人間・・・普通は、ある程度の身体・精神への刺激や緊張などの負荷がなくては、生きてはいけないものです。
刺激や緊張がないという事態もストレス要因になるというのは人体の不思議。
負荷と反応、それこそが「生きている」ということかもしれません。
しかしストレス要因が募って「心が折れる」までになると、病気になります。
具体的なストレス要因は、頭のなかにありますので、それが私生活上のことか、業務上のことかは判別がつきにくいものです。最初の原因が私生活上のことでも業務や会社の対応によって増悪することがあります。そのため個人情報・プライバシーの問題は、より一層慎重に扱わなくてはなりません。
労働者には使用者に対して労務提供義務がありますが、健康を損なってその義務が果たせないことをもって、安易に解雇などの排除策に向かうことは問題自体を増悪させます。
会社は、社員の安全と健康に配慮しなければなりませんが、メンタルヘルス不調者に対しては、配慮したつもりの言動がストレス要因になってしまうことがあります。
放置しておくこともまた増悪の原因になりえます。

3.社員がメンタルヘルス不調になったら
まるで ・・・ 使用者自身の「心が折れてしまいそうなほど悩ましい」ストレスフルな問題ですが、そのような困難な状況に立ったときほど「直球ど真ん中、剛球一直線」で勝負すべきです。
基本方針は、社員に「病気を治してもらう」ことです。
リスクを予防する原則は、社内教育や自己診断(様々なツールがあります)などにより社員の気づきを促進し、自身が対処していくことです。
実際に不調者が出たとき、会社のリスクを軽減させるには
(1) 本人の同意を軸にすること。「同意」と言っても、会社と本人の二者間だけでは「働きたい」「働けない」と堂々巡りするばかりです。
相手は本人の意思でもなく、会社の事情でもなく「病気そのもの」なのですから。
(2) 事業主や社内スタッフからの相談に無料で応じている各都道府県の『メンタルヘルス対策支援センター』などの外部機関を活用し、
(3) 医師による診断と意見を介在させること。
「医師」と言っても、本人の「不安定な申告」に左右されることもある「主治医」による診断だけではなく、会社の業務を掌握して助言する立場にある「産業医」(50人未満の事業場の場合その代わりとなってくれる『地域産業保健センター』の医師)とその紹介による「専門医」による意見が必要です。
そのように社員の安全と健康に配慮しながら、3人の「医師」の診断と意見をもとに、復職時の対応も含めて会社が主体的に判断する休職制度や部門組織と社内スタッフによる対応・支援体制を整備しておくことが予防と対策の第一歩です。

4.配慮と限界
子供の時、クラスの同級生が病気になると、先生は早退させたり、級友はお見舞いに行ったり、休んでいた者が学校に出てくると「大丈夫?」と気遣ったりします。
それは、社会人になった後の、社内においても同様なことです。
そして、その病気が「メンタルヘルス不調」であっても、基本的には、同様なことです。

「使えないから」と安易に排除策に向かい、裁判にでもなれば、安全(健康)配慮義務違反を問われて解雇無効とされることも、さらには損害賠償の対象になることもあります。

しかし、企業が営利体である以上、「配慮や支援」には自ずと「限界」があります。会社は、社会福祉機関ではありません。
たとえその組織が非営利の医療機関や社会福祉機関であろうとも、一般企業ももちろん同様ですが、限界を超えると上司・同僚は大変な労苦を味わい、顧客(患者・利用者)に危険が生じることさえあります。

5.問題社員+メンタル問題のダブルの悩み
成績不良社員が
「実は私、メンタルでした」と医師の診断書を持ってくることがあります。さらに
「よって、私にもっと楽で、やりがいがあって、成績と評価と給料が高くなるような職務に就かせてほしい」と都合の良いことを言ってくる者もいます。
(「楽をして~稼ぎたい」と矛盾したことを言う人は、やはり病気なのかもしれません。)

懲戒事由に該当する行為をしておいて

「メンタルな私に罪(責任能力)はない」と新聞の社会面に出てくる刑事事件を疎覚えしたようなこと言ってくる者さえいます。
(百歩譲って「罪」はなくとも、責任能力のない人に、仕事は与えられませんね。)

「下手(へた)にC評価をつけ、あるいは懲戒処分を下して、それが原因で『メンタルが悪くなった(増悪した)』と言われないだろうか?」
「話せばわかると思い『お願いだから辞めてくれ』と下手(したて)に出て、よけいに問題がこじれてしまった。」
そのように相談してくる使用者の方もいます。
まずもって、そのようなケースは、「メンタルヘルス問題」と言うよりは、よくある「問題社員」として、問題を整理して捉えるべきです。
配慮するとは、甘い対応をとることではありません。
・・・・ 仏のように配慮して、鬼のように評価する ・・・・
それが、公明正大な労務管理・人事管理の基本というものです。

6.「配慮と限界の定め」による対応
問題社員でない場合、まさに「配慮と支援」その「限界」を、就業規則に定めておくことが最良の対策です。
労働契約において、労働者=社員には、労務を使用者=会社に提供する義務があります。提供できなければ債務不履行、契約解除という道筋になりますが、その道には、使用者の「配慮する義務」が大蛇のように横たわっています。

休職とは、社員に労務を提供させることが不能・不適当なとき、ただちに労働契約を解除するのではなく、労働契約を維持しながら、一定期間の労務の提供を免除し、または禁止することです。その期間のうちに復職することができればハッピーエンド、できなければ解雇または退職ということになります。
すなわち「配慮」と「限界」そのものを規定したものといえます。

あらためて、会社の就業規則を読んでみてください。
★ 休職及び復職は、会社が主体的に判断し、命令できるものになっているでしょうか?
あたかも「休暇やバカンス」のように、社員が権利として恣意的に申請できるような、趣旨から外れて規定されている就業規則が散見されます。
★ 会社が休職・復職を決定するに際し、産業医など会社指定医師への受診を指示・命令できるものになっているでしょうか?
本人の主治医による診断のみであれば、振り回されるだけです。
★ 休職期間が満了してもなお勤務不能なとき、または復帰できないと判断した時は、「解雇」でしょうか?それとも、あらかじめ合意していた事実(時期)の到来としての「自然退職」でしょうか?
後者の方が、トラブルは少なくなります。
★ 休職期間「○カ月(○○日)」の日数は、具体的にかつ通算できるように規定されているでしょうか?
そして、休職命令の要素である「欠勤が○○日間に達したとき」の日数も、具体的にかつ通算できるように規定されているでしょうか?
連続した日数であると解されるものならば、良いときと悪いときのあるメンタルヘルス不調問題の場合、有効なものとは言えません。
★ 病気になったとき、休職・復職の決定、復職後の支援について、職場の意見を聴取し、協力を得られる体制になっているでしょうか?
特に「職場復帰ができる」とは、主治医が診断書に書く一般論としての労務可能ではなく、原則としては、その職場における通常業務への就業が可能であるかということです。
そして、会社の「健康配慮義務」と均衡する社員各人の「健康の維持に努める義務」があることが周知されているでしょうか?
心身の健康管理とは、第一義的には本人の責務です。

そのように、「配慮と支援」とその「限界」について、会社の事情を考慮して就業規則に定めたとおりに判断・実施していくことが最良の対応です。

そして残念ながら、結果が「病気で労務不能で退職」ということであれば、原則的には、労働の能力と意思を有しているにもかかわらず職業に就けない「失業」(雇用保険の失業給付は一般的には20年以上勤めて150日)ではありませんが、社会保険の「傷病手当金」は1年以上被保険者として勤めていれば、1年6カ月の給付が退職後も続きます。

阿世賀 陽一