1.採用されること-採用すること
出身大学でその卒業生団体として講演をする機会がありました。
1年生から院生までいた聴講生の大半は、3年生の就活学生です。
テーマは、社会に出てから役に立つ、(法学部の授業とは一味違う)実践的な労働法から、働いていくセーフティ・ネットとしての労働・社会保険の基本まで団体の会員4人で話しました。
私の担当は「採用と人事考課-こんな人が雇われる。伸びていく!」という、対象を考えると実にオイシイところです。
その内容は、普段、顧問先さまに問われたとき「こんな人を雇いましょう。この人は、評価すべきです」と話していることの裏返しです。
話しながら聴講生を観察すると「これが学風というものか・・・」おおむね、とても真面目に、真剣に聴いています。
ノートをとり、レジュメにラインマーカーを引いている学生もいました。

後で大学に聴講者アンケートを見せてもらいました。
これも学風というべきか、常に顧客の立場から業務評価を怠らない真面目な就職部と感心しました。
評価はおおむね、かなり好評で「先輩を立てる可愛い後輩・・・」と思わずニンマリしましたが、ごくごく少数、気になることを書いていた人もいます。
それを真面目に取りあげて考えることは、裏返すと、若年社員への日常の人事・労務管理のためにもなるかと思います。

2.「大企業でなければ、不安・・・・」
大学を選ばなければ、ほとんど入学できる「大学全入時代」に、就職のときに「学卒だから」と贅沢を言えるものではありません。
テレビや新聞では、学生の大企業指向がミスマッチの原因であるとされていますが、だいたい・・・起業時から大企業であった企業があるでしょうか?
そして20年後、あなたが中年になった頃、その大企業が大企業として存続している保証は全くありません。
よしんば、その大企業が自己変革をとげて存続していたとしても、あなたが希望し「一所懸命」に勤めた部門がそれまでのように存続している可能性はさらに少ないでしょう。
下手にこだわれば、改革の抵抗勢力、会社の未来への障害物として、排除されるかもしれません。それは、さらに惨めな話しです。
そうなるかもしれないのは不安ではないですか?
正社員=長期雇用を就職活動の前提とするならば、自分も会社も、未来については自分が創っていく。風が吹けば桶屋が儲かる、その一陣の風のように、自分が関与するのだと思ってほしい。

3.「働く意味」がわからない
アンケートの「講演を聴いて解決しなかったこと」の項に「働く意味」。
(!)おっと ・・・・。そのような迷いを人事部の採用担当者に見せてはいけません。
わかってしまうものなのですがね。
「働く意味」が「わからない」のが問題なのではありません。
「迷っている」と「ろくな働きをしないだろう」「ガマンが足りないだろう」「すぐ辞めるだろう」と当然に推定されます。
自分の行動に慎重なのは良いことですが、焦ってはいても、「わからない」から「働きたくない」が、本当ではないですか?
「働く意味」については、「わかって、働く」のではなく、
(わかるとしたら)「働いて、わかる」ものだと私は思います。
「A先生は、わかっているのですか?」
「私はまだ働いています。これから、まだまだ」

4.義務と権利
「『働くことは義務である』という考え方に違和感」
そんなこと誰か話したかね?(私か ・・・・)。
しかし、労働契約による「労働債権・債務」の法理話しと「働きがい」関連のことは、別方面のことです。
中学生の頃、先生が社会科の授業で「義務があるから権利がある!」と何度も話しておられました。
納期のある仕事に手抜きが判明し、手を抜いた者への残業命令を本人が拒否し、「残業は労働者の権利だろうよ!(義務ではない)」とトラブルを拡大して、最高裁まで行った裁判があります。
(行くなよ!そんなことで ・・・。24年(職業人生の大半)をかけて ・・・・。)
結果は、上告棄却(懲戒解雇有効)。「就業規則は労働者を規律できる」という判例の一つになりました。
「残業が権利」とは、その残業は、意味のある仕事ではなく、残業代というカネのことだと思っていたのでしょう。
そのような人に「権利ばかり主張して、義務はどうした!」と憤っても、あまり効果はないと思います。そして、そのような人と同じ土俵に立つことになります。
「義務と権利」、どちらも「自分」に向いたものであり、仕事の「やる気」に繋がるものではないでしょう。
「義務」と似て非なる言葉で、「責任」ということを考えてもらいたい。
リスクはあるものの、「自分」ではなく、「他者(組織と顧客など)」に向いた「責任」は、間違いなく、動機(やる気)要因です。
そのようにモチベーションをセルフコントロールして、社会に向けて成果をあげていってほしい。

阿世賀 陽一