1.問題社員をバッサリ!
問題社員には、問題が大きくならないうちに、軽いうちに、注意をし、また軽い懲戒処分を実行することが重要です。軽い問題が起きたときに
「これくらいで怒ったら、鼎(かなえ」の軽重を問われるのでは」と我慢をして ・・・・、我慢に ・・・ 我慢を重ねたあげく ・・・・
「もう、ゆる ・・ せん!斬ってくれよう桃太郎!」
(そうして、問題社員問題の大問題、さらには「事件」に発展)

時代劇の場合は、そのようにフラストレーションを溜めさせておいて、最後の15分間でバッサリやると(見ている分には)爽快ですが、人を斬ることは容易なことではありません。

問題社員は、自分を問題社員とは全く思っていない、若しくは、さほどまで問題とは思っていないのが普通です。そういうものです。
その側から考えると
「普段許されているから、この会社では『その手』のことは『罪ではない』と思っていた。ちゃんと注意してくれていたら、直した ・・・・ かもしれない」
(それはナントカにも一分の理というよりも、使用者側の弱みになります)

「オレにはオレの理由がある!」
(それを紙に書かせて、口に出して言わせてみましょう。)

「いきなりバッサリはないだろーよ。オレには生活がかかっているのだ」
(ここにはかなりの理があります。「悪いのはどっちだ」ではなく、相応の程度を超えると「権利の濫用は、これを許さない-民法第1条」となります)

2.懲戒の段階的規定
懲戒処分は、社員の企業秩序違反行為に対する制裁(罰)です。それを実施することは、またはそれを実施できる体制を整えておくことは、会社の秩序や利益を維持するために必要不可欠なことです。
しかしそれを当然に行使するには、包括的な合意として就業規則に、
「これをしたら、こういうことになりますよ(はい、わかりました)」と、あらかじめ懲戒の事由(罪)と手段(罰・刑)を明記しておく必要があります。

ただ抽象的に「悪いことするな」「迷惑かけるな」と規定し、その実害の程度とその時々の使用者判断によって「始末書一枚」から労働契約上の極刑である「解雇予告手当も退職金もなしの懲戒解雇」まで幅広く自在に行使できるとは、社会における刑事罰のことを類推しても、許されるものではありません。
またいざとなったら、使用者としても、どうして良いか悩むことになります。

罪の程度ごとに刑罰を成文化された法律で定めておかなければならない原則を「罪刑法定主義」といいます。そのように懲戒規定も、問題の程度ごとに処分内容を段階的に規定しておかなければなりません。そうでなければ、懲戒規定本来の目的である企業秩序維持・問題の事前防止の機能も働きません。

3.罰の程度
懲戒の手段には、一般的に次のものがあります。
○ 戒告、譴責
本人の将来を戒めるという、最も軽い処分ですが再犯、再々犯は罪が重くなるよう規定しておきます。
○ 減給
これは労働基準法による「1回の額が平均賃金の半日分以内、月に何回問題を起こしても賃金総額の10分の1以内」という制限があります。「向こう1年、○%の減給」というような報道がなさることがありますが、同意なくして当然にできることではありません。
比較的軽い罰であると言えますが、体感する罰ではあります。
対象社員にチェックの厳しい配偶者がいるならば ・・・ 当該配偶者に給与明細は見せられませんね。
「(・・・・あんた、何したの!」
○ 出勤停止
これで「出社におよばず」の期間はノーワークノーペイになるので、けっこうな重罰です。ただし、生活を干し上げるほどの長期間であれば公序良俗を問われます。
もっと重い罰を検討・調査するために「自宅待機」を命じるべきときに、間違えてこの「出勤停止」を命じると、二重罰はできないので、それで罪を贖わせて放免してしまうことになります。
○ 降格
これは、職位を引き下げるものなのか、人事等級を引き下げるものなのかを明確にしておかなければなりません。そして懲戒としての降格の他に人事権として降格があります。それを頭に入れて実行します。
○ 懲戒解雇
この極刑よりも、争いになることを考えると「普通解雇」の方がやりやすいという考え方はあります(普通解雇「労務を提供するに能わず」等の立証も大変なことですが)。普通解雇は事由の追加が可能ですが、懲戒解雇はできません。また「退職金もなし」という重さがネックになることもあります。

しかし、これまでに私の事務所が「懲戒解雇」で離職票を処理した事例は、ほんのわずかしかありません。
これに至る前の、本人を戒めていく段階的懲戒は、大変有効であるということです。
一番良いことは、その社員が悔い改めて良い社員になること。
その次は、その社員が問題を深く自覚して「・・・ 別のところでやりなおそう」と自然解決することです。

阿世賀 陽一