1.評価エラー
賞与の季節が近づく11月や昇格昇給をする年度末には、人事賃金制度のコンサルティングをお請けしていた顧問先さまから、その人事考課調整会議に招かれます。
人事賃金制度を導入して初期の頃や昇進して間もない上司の評価は、評価エラーである「寛大化傾向」「中央集中化傾向」になりがちです。
評語は一般的なS・A・B・C・Dとして(業績評価はB+とB-あり)
初めて評価をする上司たちに、私はこう言います。
① 安易に「寛大化傾向(みんな頑張ったから・・・とB+やAにしてしまう)」になる人は、「甘い上司」ということです。
② 安易に「中心化傾向(平等にしておけば文句はないだろうとみんなBにしてしまう)」になる人は、結果的に「評価をしていないのと同じ」イコール「部下を見ていないのと同じ」ということで、管理職失格です。
③ 安易に「自己対比エラー(オレの若い時に比べればみんなCだ!)」により厳しい評価をしてしまう人は・・・指導力がない人です。
「・・・ では、どうすれば良いのですか!」
「安易にではなく、真摯にやってください」

2.部下に恨まれたくない上司
なかでも、この「甘い上司」とは、どのような構造をもっているのでしょうか?
なかには、
「評価エラーとなることはわかっているのですが、評価する際に、部下に恨まれたくないという気持ちが働いてしまい、どうしても甘くしてしまい、B以下の評価をつけることをためらってしまいます。それはとても勇気がいることだと思います。」
と悩みをうち明ける人もいます。
そのような悩み・弱音は、少なくとも社長の前では吐露しないことをお勧めしますが、経験上、そのようにして部下に尊敬された上司は、一人もいたためしがありません。
「恨まれたくない」と願い、そのあげく「好かれない」とは、これも人間らしい「反対行動」というべきか。
それは、部下を思っての考えではなく、単なる自己保身です。人事の私物化です。
それは、部下からもよく見えてしまうものです。

3.人事考課と人事評価

賃金とは「労働の対価」である・・・・とても、アリガタイものです。
価値がないのにいっぱいもらっている人や仕事をサボってまっとうにもらおうとする人を「賃金泥ボー」とは言いません。そういう人は「給料泥ボー」といいます。
人事考課とは、「なすべき仕事を考え」「やらせて」「見て」「指導して」「評価して」「さて次期はどうしようか」という、改善マネジメント・サイクル(Plan→Do→Check→Action)ですです。
何に向けて改善するかというと、人材育成と人材活用です。

人事評価は、そのマネジメント・サイクルの結節点(Check)であり、「その期になしえた労働の価値」(業績評価)や「その期末時点での労働力のレベル」(格付け評価)を定める尊いおこないです。
改善するだけではなく、使用して賃金を支払う労働契約ですので、そこから処遇に反映されます。

4.評価とは何か-2つの期待
評価とは、組織の「期待」にどれだけ本人が「応えたか否か」「応えることができるか否か」によって決まるものです。実際には、上司による「期待水準」のバーを超えているか否かが第1次評価における絶対評価です(それは調整されて公正な評価となります)。

話は一見跳びますが、民法第623条では
「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」
とされています。
「従事することを約する」から会社(使用者)は、社員に指揮命令権を有します。社員は会社に誠実勤務義務を有します。
そして第632条(請負)が
「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」
とされていることと対比して、雇用のキーワードである「従事すること」には、成果にいたるプロセスが存することになります。
プロセスなんぞどうでも良いものであるならば
「材料の質を落として、生産効率を○%アップさせた」
「定められた検査を省略して(手を抜いて)、100%の出荷率を実現した」
など、コンプライアンスやCSRの問題だけではなく、会社の経営計画も社員各自の「工夫・改善・努力」も、水の泡になります。
成果とプロセスは、会社の発展と本人の成長の鍵です。

業績評価における組織(上司)の期待には「成果」と「成果を生み出すプロセス(職務行動)」という2つの面があることになります。

期待に応えた成果を生み出すプロセスには、明日の成果への再現性があります。

格付け評価における「期待」は、職業人としての成長段階または職能資格、あるいは与えるべき職務レベルについての格付け定義書に基づき、その期の成果とプロセスから判断します。

5.期待のバーを下げている上司
B評価とは、(評語の真ん中として)その2つの期待水準を越え、組織(上司)として「満足した」という評価です。「あ!惜しい!」はB-評価、あきらかに「不足した」はC評価です。
期待水準を少しの驚きがあるほど越えると「お!やるじゃないか」というB+評価。
期待を大きく越えると感動します。それをA評価とします。
S評価とは、空間的(効果の波及)にも時間的(画期的な効果の継続)にも大きな感動です。

「今期、無遅刻・無欠席のとても真面目な新入社員がいます。まだ仕事はできませんが、せめてプラスの評価(B+)をつけてあげたいのですが ・・・」

「(日本にサラリーマン制度が定着していなかった時代ならばともかく)社会人である以上は、無遅刻・無欠席があたりまえです。
その無遅刻・無欠席の人を安易にB+評価にすると、あなたは均衡上、あたりまえでない人をB評価にして、満足のメッセージを出すことになるでしょう。
そして新入社員に比べるならばある程度仕事ができる人を、なんら成果をあげていないにもかかわらずA評価にするでしょう。
それは、あなたが責任をもつ部署について企業秩序の面でも、成果の面でも、レベルを低いままにしておくということです」

そして評価が甘い上司というのは、優しいのではなく、部下が乗り越えていくべき期待水準のバーを低くしている人ということです。それは部下を成長させることになりません。
甘い評価は、部下の「伸びしろ」を奪うことです。
そのような上司が尊敬され、心から好かれるわけがありません。
組織のなかで「愛」とは「期待」と同義語ですから、部下への期待が低いということは「愛」が少ないということです。
期待に対する不足があるならば、勇気をもってではなく、「愛」をもってC評価です。

阿世賀 陽一